釘と屏風

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”釘と屏風”は3人組の文芸ユニットです

【雑記】芥川賞の過ごし方―祭・MATSURIー実家に綿矢りさ『蹴りたい背中』があったので懐かしい。好きな作家の紹介とか。

 さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く、細長く。紙を裂く耳鳴りな音は、孤独の音を消してくれる。気怠げに見せてくれたりもするしね。葉緑体? オオカナダモ? ハッ。ていうこのスタンス。あなたたちは微生物を見てはしゃいでいるみたいですけど(苦笑)、私はちょっと遠慮しておく、だってもう高校生だし。ま、あなたたちを横目で見ながらプリントでも千切ってますよ、気怠く。っていうこのスタンス。

綿矢りさ蹴りたい背中河出書房新社2003

 

蹴りたい背中 (河出文庫)

蹴りたい背中 (河出文庫)

 

 

芥川賞の過ごし方―祭・MATSURIー実家に綿矢りさ蹴りたい背中』があったので懐かしい。好きな作家の紹介とか。

 

年に2回、芥川賞直木賞が発表される。

 

ご存知の通り、芥川賞は純文学の新人賞、直木賞は年間に出版された大衆小説(エンターテイメント小説)の中で優れた作品を選出する賞だ。

7月と1月にそれぞれ、6作程度の候補作の中から受賞作として1.2作が選出される。

 

純文学ファンの私としては、芥川賞に重きを置いて、この「お祭り」を楽しむ。

(もちろん、直木賞も楽しみなのだが、まあ、あれだ、平泳ぎの選手がクロールより平泳ぎのレースを楽しみにしているのと同じだろう。どちらにも興味は、ある)

 

そこで今回は、芥川賞の過ごし方と称して、芥川賞を十全に楽しむ為の過ごし方を私なりに説明していきたい。

 

~候補作が選出されるまで

まず確認しておきたいのは、候補作の選定基準だ。これはいたって単純。

 

上半期(前年の12月~5月)下半期(6月~11月)に文芸誌上(『群像』『すばる』『文学界』『新潮』『文藝』などいわゆる文芸5誌。その他、『小説トリッパー』『たべるのがおそい』早稲田文学などやや規模の小さな文芸誌)に発表された作品から選出される。

 

まあ、9割は文芸5誌から候補作が選ばれることになる。直近(2019年上半期。古市が候補だった回)だと10割。あとは主催の文芸春愁が刊行する『文学界』に載ると選ばれる傾向も高くなるとだけ付け加えておく。

 

……でまあ、年に4回だったり月に1回だったりといろんなペースで文芸誌は刊行されるのだが、我々純文学ファンはそれらにザッと目を通し、目ぼしい作品を読んでいく。

 

そう、「あっ、この作品は候補作に選ばれるぞッ」「ふむふむ、この作家は前回前々回と候補に挙がっていた。この流れだとありうる」「おいおいっ、この作家に期待してたのにこれじゃあ候補挙がらないぜ」などと(新人作家の作品を読む際は)妄想まくしたてて感動したり憤慨して読んでいくのだ。

むろん、「芥川賞」という祭を念頭においているから、上述した感情の起伏が立ち上がるのであり、祭がなければ、ただ小説の内容に感情たくましくさせるだけだ。「芥川賞」があると、なんか作品に対する当事者性が増すのである。祭たるゆえんであろうと、私は思う。

 

さて、無事に候補作が出そろったところで(数少ない)文芸誌の読者は考えるのだ。「まあ、今回の候補作にあれは入るだろうなぁ」「まあ、当て馬にするならアレだろう」「芸能人が「文学界」で書いてらあ、ぜってえ候補に入るぜ」などなどと。

 

そうやって期待に胸を膨らませること発表の数日前には、ツイッターやSNS上で候補作は「○○」などと呟きの声がちらほら見えるのだ。例えば私のツイートを参照したい。

 これは、北条裕子「美しい顔」がその時(2018年下半期)の芥川賞候補になるだろうという予想であり、水原涼という作家の作品も候補に入るのではないか、と予測しているのである。

このように、候補作になるだろう作品群を読み、候補作を自由勝手に予測するところから、私たちの芥川賞は始まっているのだ。

 

候補作の決定~前日

 

さて、候補作の予測を終えて、一喜一憂した次に待っているのは、候補作を読むことである。当然、候補に選ばれた作品を読んでいる場合もある。というか、半分は読んでいることは多いが、私たちは多忙な社会人。己の怠惰もあり、読めていないことだってある。候補が決定したら、読んでいない作品を読むことからはじめよう。

 このように、ツイッター上では「私は○○読んだ!」「まだ○○読んでない!」などのツイートが散見される。文学ファン、特に地方の文学ファンの場合は自分の周囲に趣味を共にする仲間がいないことが多い。そんな時、彼女/彼はSNSを利用して、祭に参加するのである。

ウェブ上で文学仲間がいる場合は、「いいね」「リプライ」をもらってワイワイしているケースも見られる。私のツイートに関しては見ての通り、荒れすさぶ荒野のように閑散としている。ウェブでもリアルでも文学仲間のいない私のような者は、同じく閑散としたツイートを発見して仲間意識を高めるのである。

 

 上のツイートは芥川賞の選評会の2日前である。なんか言いたいんだけどなんにも言えてない、ただただ焦りと情動のほとばしるツイートだ。そうして、2日前にもなると、当該作品の関係者から「いいね」の1つもつけてもらえる。

 

さて、候補作も読み終えたら、次は予想を立てることだ。続けて、私のツイートを引用しよう。これまで引用したものは第159回芥川賞のものだが、次は第160回のものだ。

 

 

 

まあ、なんとも浮かれた様子である。このようなツイートであれば、芥川賞の時期が近づく度にweb上ではちらほらと見かけることが出来る。日本の風物詩と言っていいだろう。そしてほら、よく見てほしい。作家の名前を挙げると作家本人から「いいね」がもらえるのである。このようにして、それぞれが一丸となり、士気を高め当日に備えるのだ。

 

前日、寝る前に冷蔵庫を確認しよう。そこにアルコール飲料はあるだろうか。もしなければ、買ってこよう。受賞会見が始まってからアルコールのないことに気づくのでは遅いのだ。出来ればディスカウントショップで安いものを買ってくるといい。お得感もあるし、なんか金のない文士みたいで気分も出る。

 

選評会当日

 

選評会当日、東京のどこかで選評会が行われ、受賞が決まると選考委員が一人登壇して、選評の経過を述べる。そして、作家が登場、受賞会見、という流れである。

当日、受賞が決まるまでの間、ニコニコ生放送で評論家の栗原祐一郎氏が芥川賞の解説をしてくれるので、時間のある方はそれを見よう。前日に残業をする、翌日に残業をする、有給を取るなどいろんな選択肢があるが、是が非でもみたいところだ。

live.nicovideo.jp

 

酒を飲むタイミングであるが、そこは各々考えてほしい。私は毎年受賞会見の際に飲もうと考えているのだが、どうにもそこまで待つことが出来ない。途中で飲んでしまうのである。ちなみに、会見の順番は①芥川賞作家②直木賞作家、という順番で行われる。だから飲みすぎると直木賞作家の会見で気絶しかねない。159回の時、私は島本理生氏(直木賞作家だ。かねてからのファンであり、とても嬉しかった)の会見時に気絶してしまった。

youtu.be

 

この時、ZIPというニュース番組の平松アナという方が非常に失礼な質問を繰り返していた。せっかくの酒をまずくしやがってと画面に向かって吠えたのであったが、島本理生氏の丁寧な、大人な受け答えに感動し、そのあまり気絶してしまったのだ。たぶん良い夢を観た。

 

直近の第160回はというと、その後仕事だったということもあって、飲みすぎることもなく、解説も会見も楽しむことが出来た。


【ノーカット】第160回芥川賞・直木賞受賞者記者会見

 

私は上田岳弘氏の『ニムロッド』がとても好きだったので受賞して嬉しかった。複雑な小説だけども、筆者の上田氏の言うように読みやすい小説でもある。おすすめの一作だ。

 

※ところで、上田氏は芥川賞向けに作品をチューニングした、というようなことを言っていたが、やはり取りやすい作品というものがあって、その辺もなんか色々議論の余地がある。

 

第160回芥川賞受賞 ニムロッド

第160回芥川賞受賞 ニムロッド

 

 

ちなみに上田氏people in the boxの「ニムロッド」からタイトルを取ったらしい。こちらも名曲なので是非。作詞の波多野氏は文学的な詩を書くことで有名な方だ。個人的には「旧市街」という曲が好きだ。

※同時受賞した町屋氏の作品も面白かったが、上田への愛があまりにも強くて割愛。


People In The Box「ニムロッド」


People In The Box 旧市街

 

芥川賞を終えて

 

さて、私たちのお祭り、芥川賞が終わった。年に2回しかない大切なお祭りだ。終わった後は、一区切りする為にも呟いておこう。

 これで芥川賞が終わったかというと、そういう訳ではない。むしろ作家にとってはここからが勝負だ。受賞第一作を書かなければいけないし、それは落選した作家も同じだ。あくまでも新人賞なのだから、当然ゴールではない。上田・町屋両氏共に、応援していきたいところだ。候補作が続々と単行本化されるので、ファンはそれぞれの推しメンの本が届いたらその様子をツイッターにあげるのだ。

そんな私の推しメン、候補には選ばれたものの、受賞を逃してしまった鴻池留衣氏を紹介しておきたい。とても面白い作家なので、覚えておいていただけるとありがたい。この人はこれから話題になること間違い無い。

 

ジャップ・ン・ロール・ヒーロー

ジャップ・ン・ロール・ヒーロー

 

 

twitter.com

 

www.shinchosha.co.jp

 

今度、『ジャップ・ン・ロール・ヒーロー』の書評をしたいと思うのである。

氏の著作をはじめて読まれる方には『ナイス・エイジ』をおすすめしたい。

 

www.bookbang.jp

 

 

さいごに

最後に書いておきたいのが、芥川賞をとった作品や作家がそれ以外の作品や作家よりも必ずしも優れている訳ではない、ということを言っておきたい。一つの指針に過ぎないのだ。

 

まあ、こんな長い文章を書いてしまったのは、なんというか、勢いに過ぎないのだけど、ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございました。

 

追記

芥川賞の選評を読むまでが芥川賞でした。すっかり忘れていました。芥川賞の決定した翌月の文藝春秋に、作品全文と選考経過が記載されるのです。

 

ps.最近は将来の不安に押しつぶされそうで毎日が不安だ。そこから逃げるようにして本を読んでいる。嗚呼。ところで冒頭にあげた綿矢りさの『蹴りたい背中』を改めて読んでいるのだが、やはり面白い。最年少受賞だけど、この人がいくつの方だろうと、受賞をしていたのでしょう。生まれて良かった、とこの小説の主人公は思っているのだろうか。共に語り一緒に酒を飲みたいものである。ファイア。

 

文・左部右人