【音楽】バズマザーズに関する覚書―私的なメモ。
バズマザーズに関する覚書―私的なメモ
形ある物の特権は消えてしまえるって事
キレイさっぱりとね
そうゆうの俺ちっともピンと来ない
「Good by my JAM」
作詞作曲・山田亮一
誰しも言葉にすることをためらう時がある。
それは、自分の「語り」が「語るべき対象」に及びもつかないときでもあるし、語るべき言葉がなにもないくらいに、「語るべき対象」がその存在をもって全てを語っている場合でもある。
今回紹介するバンド、バズマザーズは、存在が全てを語っているバンドだ。けれど私は言葉を紡ごう。私が語るのではない、彼らが語っている「なにか」に突き動かされてキーを叩いている。それは言葉を話す速度と同じで、つまり私はこの言葉を「いま」語っている。「なんのこっちゃ」と思われるかもしれないがそういうものなのだ。
最初に断っておくが、私はバズマザーズが大好きだ。毎日聴いてる。今でも聴いてる。鹿児島でライブがあった時、CDにサインをもらった。その時、19歳の私はこう言った。
私「前のバンドから好きでした」
山田「ありがとう」
どうだろう、この不躾極まりない質問に対してフロントマンである山田亮一は私にこう答えた。震えた。(この後、少し反省をした)
バンド音楽のファンとして、好きなバンドについての一つや二つ、書いておこうと思うのだ。躊躇いとの葛藤もあるが、記念に。数曲、紹介していきます。
ロックンロールイズレッド-19歳、夏。
バズマザーズ2枚目の音源『理詰&ブルース』に収録された本曲を聴いたとき、私は19歳だった。19歳と言えば学生と大人の境にあたり、理由のない自信(=過信)と将来の成功を信じて疑わない時期だ。 当時の私は23歳ごろまでには小説家としてバリバリ活躍してると思っていた。根拠はなかった。現実には23歳の私は酒を飲んで出社して帰宅したらまた酒を飲んで寝てまた酒を飲んで出社する教育者兼営業マンだったのだが。
それはそうと、19歳。わけもなく苛立ち、なにかをやってやろうと、意気込んでいた。上はバンドT―カート・コバーンの顔がデカデカとプリントされたシャツだ。「I hate my self I want to die」と書かれていたがカビが生えたので捨てた―下はダボダボのズボン。ダサい、ダサすぎるが、確実になにかを見ていた19歳、夏。
暁、虫酸が暴走する
訳など無く血は沸騰する
珍道中を湿らす様に、女々しく不安が咆哮する夜明け前
バズマザーズ『理詰&ブルース』(2013)より
「ロックンロールイズレッド」
作詞作曲・山田亮一
「訳など無く血」が沸騰した経験を皆さん覚えているだろうか。衝動に突き動かされる日中、「不安が彷徨する夜明け前」私たちは言いようの無い感情に支配されていた。その不安を陽気に高らかに歌い上げているのがこの曲の醍醐味であり「ブルース」たる所以だろう。
しかし、なんと楽しそうに弾くんだろうか。バズマザーズの「おー新世界」という曲の歌詞にこのような文言がある。
「辛い時こそ人生笑うベキや。だからこの町の人間は皆、いつも笑顔や」とやっぱり笑って
新世界の夕暮れは黙る子も泣きたくなる色さ
「おー新世界」
作詞作曲・山田亮一
感情がその色のまま表出されるとは限らないのだ。面白おかしく笑いながらでないと、本音を言えない人間は、確かにいる。その物哀しさを、彼らは時に陽気、時に切実に歌い上げる。
敗北代理人ー24歳、夏
「敗北代理人」は昨年(2018年)公開された曲だ。以前の三重県への紀行文の記事にも書いたがこの時期私は斬首の憂き目に遭って、失職していた。とりあえず、webライターの末端として日々の飯を食えてはいたものの、将来への展望は暗く、読書をする気力さえ消失していた。
当時何をしていたかというと、よく近所の温泉に行っていた。金がなくなると、積極的に金を使いたくなるものなのだ。その温泉にはプールが、浴槽の隣にプールがあって、定年を迎えたと思しき人たちが泳いでいた。ざぶざぶざぶざぶと泳いでいる、お腹の出た彼らを見て私は思ったのだ。
「ああ、俺、負けたんだな」、と。
真っ裸で温泉に浸るオッチャンたちを観て、私は泣きそうだった。なんなら私は、彼らに首を切られたようなものである。半年ぽっちで、クビを切られてしまったのだ。
とまあ、そんなくら~い時期にバズマザーズの新譜がリリースされた。
どなた様もお気軽にどうぞ。何かとお忙しいのでしょうし
その看板は唐突に始まって
冥福の前借りにすがる前に、
どうか私をお訪ねください。敗北、請け負ます
「敗北代理人」
作詞作曲・山田亮一
「冥福の前借り」=自殺だと推測されるが、彼らは言うのだ。「どうか私をお訪ねください。敗北、請け負います」と。
この曲はアルバムの先頭曲にあたる。歌詞としては、これ以前のバズマザーズの精神性を請け負っていると思われるが、曲として少しだけ異色だ。この曲をタイアップ(「仮想現実のマリア」と共に。こちらはバキバキのギターリフとエッジの効いた歌詞が特徴で、これまでのバズマザーズの楽曲と近い)として持ってきたところに、アルバム『ムスカイボリタンテス』の主題が明確になっていると私は思う。そして、彼らは同じアルバムの中でこのように語る。
「生まれ堕ちたは世界の0番街。生きる為戦う事を選んだ。」
(中略)
これは妄想狂の戯れ言になく
血を吐いて地を這った日々の鍛練だけが勝負を分かつゲーム
「ペダラーダモンキー」
作詞作曲・山田亮一
そう、彼らは「請け負う」と同時に「戦う事」を選んでもいる(=選ばざるを得なかった)。「戦う事」を選んだ(選ばされた)彼らだからこそ、 当然敗北することの失望と哀しみを知っているのだ。戦わざるを得なかった、人間が「何か」に敗北した(と感じた)時の心境を。
このアルバムは楽曲面でバラエティに富んでいるが、全ての曲の底に生に対するリリシズムが敷かれている。それがこのアルバムの魅力を引き立てているのだろう。紛れもない名盤、『ムスカイボリタンテス』。
・・・そうして私もまたこの曲を通して「敗北」を請け負って貰ったわけである。よかったねえ。まぁ今後も「敗北」は否応無しに訪れるのだろうが。
おわりに
バズマザーズはこれまで大体年に1.2枚の音源を発表しているが、その音源のどれもが私に起こった様々な出来事と共に回想される。私に限らず、強く思い入れのある作品(それがなんであれ。時にそれはある人物であったりするのかもしれない)に対しては皆さんも同じじゃないだろうか。頭の中で、記憶の中にある光景と結び付けているのかもしれませんね。以上、覚書。
p.s
さいごに、無粋かと思われるが、フロントマン山田亮一の前バンドの楽曲を一曲だけ紹介したい。ちなみに、この時私は16歳だった。曲と共に人生を回想できるのは、とても良い。まあ、小説でも映画でも漫画でも絵画でも友人でも恋人でも。青春の墓標に添える記憶はいくつもあるみたいなので、私は満足。
※YoutubeにアップロードされたMVのリンクです。
(ちなみに、高校の頃にバイトで貯めた金はここで山田氏の弾いているギターと足元のエフェクター(ギターの音色を変える機器)を揃えてなくなった。3か月でクビになったすきや牛丼屋であったが、その甲斐あって私は中古でこのギターを手に入れることが出来たのだ。よかったよかった。)
ハヌマーン「Fever Believer Feedback」